独立映画界のスターだったピョンヨハンは2014年のドラマ「未生(ミセン)」でブレイクし、2015年「六龍が飛ぶ」のヒットにより広く知られるようになりました。
25歳で俳優としてデビューする前は何をしていたのでしょう?
意外な事実がたくさんありました!プロフィール、来歴、熱愛彼女、インスタなどを紹介!
トップ画像:インスタより
ピョンヨハンプロフィール
변요한 ピョン・ヨハン
1986年4月29日生まれ
出生:韓国仁川市
177cm
67kg
韓国芸術総合学校演劇院卒
家族:父・母・妹
サラムエンターテイメント所属
デビューは2011年映画「土曜勤務」
名前の由来について過去、インタビューに答えています。
「うちがクリスチャンで、父が牧師なんです。それで私はヨハンで、妹がハンナなんです。子供の頃は、この名前が嫌でした。」
お名前を聞いたとき、ご両親がクリスチャンなんだろうなと思いましたが、牧師さんだったとは・・・。
ピョンヨハンの身長画像
ピョンヨハンは他の韓国の俳優さんに比べて小柄なので、177cmと公表されていますが、本当なのか?ということがよく話題になります。
参考URL:http://osen.mt.co.kr/
隣のナムジュヒョクは188cm。
この写真をみて、韓国のネットでは170cm以下ではないかと言われていますが、ピョンヨハンは後ろに立っていて、正確に判断できません。
参考URL:http://osen.mt.co.kr/
隣のキムオクビンは166cm。きっとこういう場では高いヒールを履いているでしょうから、それより5センチくらい高く見え、公表のとおり177cmくらいなのではないかと思われます。
もしピョンヨハンがシークレットシューズを着用していたとしたら・・・公表を信じるしかありません。
ピョンヨハンの熱愛彼女は?
2013年に女優のキムゴウンと熱愛報道がありました。
キムゴウン
「ヨハンとゴウンの熱愛事実は韓国芸術総合学院の学生の間では公然の秘密で、普通の学生カップルと同じように純粋な恋愛をしている」
と報じられました。ところがキムゴウンの所属事務所が
「熱愛報道は事実ではない。キムゴウンとピョンヨハンは韓国芸術総合学校の先輩後輩として親しくしているが、それ以上でも以下でもありません。推測での報道は控えてください。」
と否定。
当時、ピョンヨハンは無名だったので、彼の側から書かれた記事はなく、あまり大きく報道されることもありませんでした。
そのため「キムゴウンの彼氏」と呼ばれたりも・・・。
ミセンで一躍有名になってから、過去の熱愛報道が掘り返され、また話題になりましたが、真相はよくわからないまま。
いずれにしてもだいぶ過去の話です。
その後キムゴウンは2016年他の俳優との交際を認めています。(2017年3月破局)
今将来を一緒に歩みたい人はいないのか?の最近のインタビューでは以下のように答えています。
「今はまだ。でも結婚は早くしたいです。」
ピョンヨハンの俳優への道
写真:中学生の時
参照URL:http://isplus.joins.com/
今では信じられないことですが、ピョンヨハンは子供の頃どもりがあったそうです。
電話で「ヨボセヨ(もしもし)」の一言さえうまくいえないほどだったとか。
それをみてご両親は内気な性格のせいだと思ったようですが、ご自身はせっかちだっただけだと言います。
中学生のときそんなピョンヨハンの性格をどうにかしようと、お父さんの知り合いで劇団の団長を務める方が入団を勧めてくれたとか。
そこから役者への道が開かれました。
こんなに面白いものがあるのかと、そのときから演劇の世界にはまって、俳優の道を歩むに至ったということです。
ピョンヨハンのデビュー前は?
25歳でデビューする前は何をしていたのでしょうか?
中学を卒業したピョンヨハンは芸術高校への進学を希望しましたが、ご両親の大反対を受けました。
結局芸術高校へは行けず、一般の高校へ。その後お父さんの勧めで中国へ留学。
中学のときから中国語を習っていて、ある程度語学ができたそうです。
「父は中国語を学んで国際貿易のほうに進んで欲しいと思っていたようですが、私は語学をマスターして”レッドクリフ”か”三国志”を撮るんだ!と思ってましたね。」
北京は韓国人留学生が多くて、あえて韓国人がいないところであるハルビンを選んだとのことです。
現地では語学と国際貿易を専攻し、外国人たちと幅広く交流したことが俳優としてやっていく上で、大きな糧になったとか。
中国語の実力がどのくらいなのか?と言うインタビューに対して以下のように答えています。
「普通の意思疎通ができ、現地での生活に不便がない程度。中国語が上手な人も多いし、難しい単語をどれだけ知っているかなど基準が色々だから、レベルを客観的に評価することができませんがガイドするくらいなら可能です。」
ハルビンで熱心に勉強していましたが、3年ほどで帰国しています。
「ハルビンで勉強していたとき、父がある日”プレゼントをあげるから韓国に戻ってきなさい”というので帰ったんです。そしたら軍隊令状でした。」(笑)
軍隊でも演劇への情熱は常に持ち続けていたとか。
妹さんが映画のシナリオを送ってくれ、それを見て練習しながら感覚を忘れないようにしたというエピソードも。
除隊後、お父さんに内緒で受験し、中央大学演劇映画科1次試験に通ったのですが韓国芸術総合学院に入学したのはお父さんの勧めでした。
「演劇をするならここに行きなさい。そうでなければ認めない。」
と条件付きで初めて俳優になることを許してくれたのです。
その後独立映画にでるようになったのも、お父さんの勧めだったとか。ピョンヨハンはどんなに嬉しかったことでしょう。
その後、お父さんとの関係について以下のように語っています。
「父は私が役者になることを反対していたが、今はとても喜んでいる。 いつも私の夢を応援してくれる。 今は ‘常に謙虚で周りの人々に尽くしなさい’といつも言う。」(
ミセンで一躍スターになってしまったピョンヨハンは、
「父から”謙虚”でいることが大事だと言われた、自分もそう思う」
と複数のインタビューで答えています
ピョンヨハンの歌唱力は?
「カラオケに行くこと。」だそうです。
「いつかミュージカルにも挑戦したい。カラオケは一種の歌のトレーニングでもあって、歌詞ひとつひとつを吟味しながら丁寧に歌う。」と過去にインタビューで答えていましたが、2016年3月にミュージカル”ヘドウィグ”に出演しました。
その他、ピアノもドラムもできると公言しています。
インスタグラムに載っていたカラオケの様子。
ピョンヨハンの演技論について
インタビューで演技論について以下のように語っています。
「私を大学に送ってくれた演劇の恩師の話なんですが、演技はサッカーと同じだと。私がパスしたら相手が受け取るという信頼、同僚が転んだら私がその穴を埋めなければならないという責任感、サッカーもそうであるように、演技も一人ではできないと言うことです。何よりチームプレーができてこそ良いサッカー選手になることができるという話でした。 その持論を私も現場で感じていて、これからも実践していこうと思っています。」
どんな俳優になりたいかの問いには以下のように答えています。
「今までずっと思ってきたことだけど、必要とされる人になりたいと言うこと。友達には、助けになれる友達になりたいと思うように、俳優としても同じ。必要とされる俳優、つまりどんな場で、どんな役割でも、それがピョンヨハンだったらいいと評価される俳優になりたいです。」
六龍が飛ぶのメイキング映像。なんて魅力的なんだ!とのコメント多数。かっこいいですね。
ピョンヨハンのインスタグラム
ピョンヨハン、SNSをなぜやめた?というタイトルで記事が書かれていました。インスタグラムのアカウントがなくなり、その理由についてこのように語っています。
「インスタグラムにはまりすぎた。本当にいけるところまでいって、もう未練はない。」(2016年12月)
しかし時代の流れでしょうか、2018年5月、公式インスタが開設されました。個人のアカウントではなく
「ピョンヨハンとサラムエンターテイメントが共に運営するインスタ」と但し書きがあります。
時々削除されてしまうのでこまめにチェック!
最後に
「パラサイト半地下の家族」で有名なボンジュノ監督はピョンヨハンについて
「ヨハンは善と悪、反抗と順応が絶妙に交差する顔だ。演技力も抜群だ」
と絶賛しています。善にも悪にも染まれる柔軟な顔立ちは役者としてとても魅力的です。
お父さんにどんなに反対されても、俳優の道を諦めなかったピョンヨハンの演技に対する真摯な思いを感じました。
韓国の俳優さんは兵役のため2年も活動を休まねばなりませんが、ピョンヨハンは兵役を終えてからデビューしたため、ファンとしてもそういった心配がないのが、うれしいですね。
彼のますますの活躍が期待されます。
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