映画「チング」で大ブレイクし、ドラマでは「客主」「シンイ」などを代表作に持つ俳優ユオソンさんを紹介します。
プロフィールと来歴、チングについて、妻との結婚のなれそめ、子供などについてまとめました。
(トップ画像https://entertain.naver.com/より)
俳優ユオソンの身長・プロフィール
ユ・オソン 유오성 劉五性
1966年9月11日生まれ
江原道寧越郡出身
178㎝
漢陽大学演劇映画科
1992年演劇デビュー。
高校生のころ、記者を夢見て新聞放送学科を志望していました。
しかし大学試験の点数では志望大学に入れず、持ち点を照らし合わせると演劇映画学科が一番適していたため志願したところ合格。
大学では照明係を務めたり、通行人の役をしたり主に先輩方をサポートしていましたが、公演後に抱きしめ合って泣いている先輩の姿をみながら、俳優と言う職業に魅了されて行ったそうです。
軍隊を終えた25歳のころ、俳優として歩むことを決め、劇団に入り1992年(26歳)演劇デビュー。
演劇俳優としての収入では生活が苦しいため、積極的にオーディションを受け映画でチャンスを求め、端役から出演を始めます。
1998年(32歳)「明日に向かって撃て」で初ドラマにして主演デビュー。
この作品は同時間帯に放送予定されていた別のドラマが豪華キャストと人気演出家&脚本家で話題を集めていたため、視聴率対決で苦戦を免れないだろうと危惧したトップスターたちが出演を拒否し、新人のユオソンさんが主演に抜擢されたのでした。
しかしドラマは大成功。ユオソンさん演じる芸能人マネージャーが放送界の底辺からのし上がる成功ストーリーで、放送局の裏側を描くというテーマは1998年当時、ドラマの素材としては珍しくユオソンさんもスターダムにあがりました。
その後、1999年映画「SPY リー・チョルジン/ 北朝鮮から来た男」で主演を務め、同年映画「ガソリンスタンド襲撃事件」の大ヒット興行に後押しされ、本格的に人気映画俳優隊列に並びます。
ユオソンさんといえばチャンドンゴンさんと主演を務めた2001年映画「友へ チング」。
この作品で韓国映画界の看板級スターに位置づけられ、人気はピークに。
「友へ チング」のクァクキョンテク監督と翌2002年映画「チャンピオン」で栄光の再現を試みますが、期待ほどは成功しませんでした。
兄弟と呼び合うほど仲の良かったクァクキョンテク監督とは肖像権をめぐって法的紛争に発展。
監督はユオソンの同意なく、映画「チャンピオン」のシーンを協賛メーカーのCF画面に勝手に提供した、というのが争いの発端だとか。
クァクキョンテク監督と長い間、対立関係が続きます。
そしてユオソンさんは「友へ チング」以降ヒット作に恵まれず、長いスランプに陥ってしまいました。
2004年ドラマ「バリでの出来事」のチョインソンさんが務めた役にキャスティングされていましたが、撮影スケジュールが前倒しになり、他の映画と合わず辞退せざるを得ませんでした。
「バリの出来事」出演よりも優先した映画「トマ安重根」は観客動員数が10万人と言う散々な結果に。
2008年、お酒の席で大学時代の友人からユオソンさんの悪い噂について話題にされ、カッとして警察沙汰事件を起こしてしまいます。
友達関係であるためお互いに相手の処罰は望まない、として双方合意し、大きな問題になることはなかったものの、ユオソンさんのイメージダウンとなってしまいました。
2008年映画「デトル」に主演でキャスティングされ撮影を進めていましたが、制作会社の経営難によりキャンセルとなり、6か月の準備期間が無駄に・・・。
この時期、1年に演劇1つしか仕事がなかったこともあり、自分は俳優を続けるべきかどうか悩んだそうです。
その後2012年のドラマ「シンイ」や2014年「朝鮮ガンマン」、2015年「客主~商売の神」などの話題性のあるドラマに出演し、説得力のある演技力で改めてカリスマ性を示しました。
2013年「チング2」は2001年の同名映画と同じクァクキョンテク監督作品。
この作品のオファーをもらい、監督とは自然に和解したそうです。
「チング2」は損益分岐点を超えることはできたものの、観客は300万人に満ちませんでした。
この作品で共に主演を務めたキムウビンさんとは2016年ドラマ「むやみに切なく」で再共演することとなり話題に。
たびたび出演するバラエティでは恐妻家の一面など率直で親しみやすい姿を見せ、大衆の先入観を打ち破る活躍を見せています。
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映画チング秘話
ユオソンさんの代表作、映画「チング」。
30代のユオソンさんが10代の役を務めるにあたり、顔をふっくらさせる注射を打ったそうです。
少しずつ注射を打ち、全部で2時間かかったとか。
この映画の中で釜山の方言を駆使して、カリスマあふれる魅力を惜しみなく発揮し、絶賛されました。
出身地は江原道ですが、あまりに完璧な方言だったため釜山出身だと思っている人が今も大勢います。
ちなみに「チング」の共演者で現在も連絡をとってる人は誰もいないんだそうです。
2020年の現在でもユオソンさんと言えば「チング」。いつもインタビューで聞かれ、もううんざり、と話していました。
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ユオソンの結婚・子供について
ユオソンさんは1999年(33歳)、6歳年下の舞台女優のミョン・スンヒさんと結婚。
二人の出会いはユオソンさんが演劇をしていた1996年(30歳)でした。
演劇の同僚として出会い、真面目で賢明な彼女に惹かれ自然に交際に発展。
奥さんによると、ユオソンさんは規則正しい生活をする人で、デートの途中でも自分の運動する時間になれば中断し、運動後にまた会うのだとか。
少し寂しい気もしましたが、これほど原則に忠実な人なら結婚しても問題はなさそうだ、と思ったそうです。
ユオソンさんは奥さんの誕生日12月3日に、123本のバラの花束と指輪、ケーキと共にプロポーズ。
こうして1999年に結婚し、2000年に長男グンタク君、2007年に次男ミンソク君が誕生しました。
結婚後4,5年は結婚記念日ごとにカップルリングなどのプレゼントをしていました。
ところがその後、ユオソンさんの人気が落ちるとともに経済難に陥り、奥さんはその指輪を売って生活費にせざるを得なかったそうです。
https://entertain.naver.com/
お子さんは2020年時点で20歳と中1ですね。
お子さんたちは「お父さんはなぜ家族全員で見られる映画に出ないの?」と言うのだそうです。
暴力シーンがある19禁の映画が多いためですね。
ユオソンさんは家族やヒューマンがテーマの作品に出演したいのだそうですよ。
教育のモットーは
「最高になろうと最善を尽くすな。最善を尽くせば価値のある人になる」
だとのこと。深みがありますね。
最後に
ユオソンさんは2001年映画「チング」のヒットを受け、故郷の広報大使を務めたこともあり、出身地には銅像が立っているそうで、バラエティではたびたびそれが話題になっています。