キムミョンミン結婚相手画像と馴れ初め!映画不発で引退危機だった?

ドラマ「白い巨塔」「六龍が飛ぶ」、映画「ペースメーカ」などで知られるキムミョンミンさんは作品に対するストイックな役作りが注目され、ベテラン俳優になっても演技に対する謙虚な姿勢で人望が厚い俳優です。

・プロフィール
ー映画不発で引退危機だった?
・ドラマ情報
・結婚相手と子供画像!馴れ初め!

の順で紹介します。(トップ画像:http://entertain.naver.com)

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プロフィール 引退危機だった?

キムミョンミン 김명민 金明民

1972年10月8日生まれ
180cm
70kg

ソウル芸術大学演劇科卒

インスタグラムアカウントは2017年現在ありません。

 

高校生のころ、演劇映画学科に進学したいとご両親に伝えたところ、大反対されました。当時お姉さんが音楽を専攻していたのに、これでは不公平だと思い、家出。半月ほど友達の家に居候していましたが、だんだん居心地が悪くなりこれ以上いられないと思いながら、行くところもなくさらに2ヵ月半居候を続けていたそうです。家に戻る勇気が出ず、先延ばしし続けていましたが結局帰宅。ご両親は帰宅を喜ぶ様子もなく、淡々としていたとか。

ミョンミンさんは夢をあきらめることができず、結局ソウル芸術大学演劇科に進学しました。

1996年 SBS 第6期公開採用タレントに選ばれ芸能界デビュー。

さまざまなドラマの端役として出演し、1999年のゴーストタクシーで主演が決まりましたが、制作過程でイ・ソジンさんに変更され、2000年「お熱いのがお好き」でユオソンさんと初めて主演を務めるも特に注目されることはありませんでした。

映画デビュー作「鳥肌」も興行に失敗。映画「スタントマン」の撮影中にはバイク事故に遭うという不運がありました。さらにこの映画と「선수가라사대(選手曰く)」という作品はクランクアップ直前にボツとなってしまいました。

「顔が俳優には合わない」といわれることもあり、ことごとくうまくいかない日々。

映画がボツになったのはすべて自分のせいじゃないか?そんな風に悩んだそうです。

俳優は引退し、奥さんとニュージーランドに移民しようとしていたところ、2004年「不滅の李舜臣」の主役に抜擢されました。キャスティングされたときは移民することを理由に拒否。しかしプロデューサーは「こんな大きな配役を断るなんて何かデキル奴に違いない」と感じ、積極的に推薦したとのこと。その読みは当たり、この作品で一躍有名俳優となりました。ご本人は「この作品までやってやめよう」と思い臨んだことでした。

はじめは李舜臣に合わないという声も聞かれましたが、台本リーディングのときから李舜臣の年齢にあわせて四つの声のトーンを用意していくなど、徹底した役作りで演技力が高く評価されました。

この作品の成功により、ご両親も俳優の仕事を認めてくださるようになったとか。

2007年ドラマ「白い巨塔」ではチャンジュンヒョク(財前五郎)役で、多くの評論家や俳優から「キムミョンミン以上に財前を演じられる俳優はいないだろう」と絶賛され、確固たる地位を確立しました。

実は当初、財前五郎役はチャスンウォンさんにキャスティングされていましたが、映画とのスケジュールが合わず、辞退。里見役だったキムミンミョンさんが抜擢されることになったという秘話があります。

2008年ドラマ「ベートーベンウイルス」カンマエ役で最高の演技派俳優として確かな地位を固め、国内最高の演技大賞をすべて受賞しました。

2009年映画「私の愛、私のそばに」でルーゲリック病にかかった男を演じるために20㎏を減量し、役作りに励みました。

2011年映画「朝鮮名探偵 – トリカブトの秘密」は全国480万人の観客を動員してキム・ミョンミンの主演映画の中で最も興行に成功した作品となりました。

ベテラン俳優として認められているにも関わらず、演技の基本を重視する俳優で知られており、毎朝発音と発声練習を欠かさないそうです。

 

 

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ドラマ情報

初期のころの作品は省略しました。

2004 不滅の李舜臣

2004 不良家族

2007 白い巨塔

2008 ベートーベン・ウィルス

2012 ドラマの帝王

2014  弁護士の資格〜改過遷善

2015  六龍が飛ぶ

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結婚相手と子供画像!馴れ初め!

4年半の交際の末、2001年に一般人であるイ・ギョンミさんと結婚し、息子キムジェハくんが生まれました。

二人の出会いについてはハングルサイトでも「レストランで偶然同席した」「知人の紹介で出会った」という2種類があり、どちらも確かな筋の記事だっため、知人は紹介しようと席を設けたわけではなく、知り合いだった奥さんとたまたまレストランで会って紹介した、ということかなと思います。

彼女はひとつ年上で、当時芸能人という職業に先入観を持っていたことから、自分が俳優であることは打ち明けられなかったとか。出会いから2年後に自分の職業について話したところ「あなたがタレントなら私はミスコリアだ」と言って、信じてもらえなかったというエピソードも。

奥さんは中学生のときに日本に渡り、経営学を専攻。日本で会社を運営していた経験があるそうです。

彼氏が芸能人だということが負担となり、奥さんは距離を置こうと日本に渡ってしまったことがありました。

それでもずっと自分を思い続けてくれる誠実さに、この人だと決めたそうです。

 

結婚した当初はまだ無名時代で、仕事がうまくいかず移民の準備をするほどでした。そういったつらい時期を奥さんに支えられ2004年「不滅の李舜臣」でブレイクしました。

息子さん1歳の誕生日
芸能ニュース番組キャプチャー

この作品にキャスティングされたころ、第一子長男が誕生。息子さんが運気を変えてくれたのかもしませんね。

女性誌に掲載された家族
(http://sports.chosun.com/)

家族については2001年の結婚から10年間ほとんど明らかにされませんでしたが、2011年の女性誌で公開され話題となりました。

奥様は一般人とは思えない抜群のスタイルですよね!

 

キムミョンミンさんは映画「私の愛、私のそばに」でルーゲリック病患者役に没頭するあまり、20kg減量し頬がこけ、うつ病になったことがありましたが、奥さんの全面的なサポートによって救われたと語っています。

お二人は現在共に芸能事務所を設立、奥さんが代表理事を務めています。

奥さんのことは今も初めて会ったときと同じような気持ちだとか。帰宅したときにいなければさみしいし、奥さんも自分がいないと寂しいというのだそうです。

キムミョンミンさんはご自身の成功は奥さんの内助の功によるものだと思っており、いつもインタビューでは感謝の言葉を述べています。

 

 

最後に

撮影中、奥さんは役作りに集中できるようにサポートし、ミョンミンさんもほとんど家族にかまえないことから、作品が終わると、家族と過ごす時間を大事にするのだそうです。数々のインタビューから俳優としてだけでなく、私生活でも家族に頼りにされ愛される人なのだとわかりました。

 

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