70本以上の映画に出演するも端役ばかりで無名時代を送っていたチョンミンソンさんはドラマ「刑務所のルールブック」でぐんと知名度を上げました。
プロフィールや来歴、結婚、刑務所のルールブック秘話についてまとめました。
(トップ画像https://entertain.naver.com)
チョンミンソンのプロフィール
1975年7月7日生まれ
178㎝
73㎏
ソウル芸術大学演劇科出身。
チョンミンソンさんは映画やドラマで主に助演で活躍する俳優です。
中学時代、学校の先輩たちの演劇を観て漠然と俳優へのあこがれを抱くように。
ソウル芸術大演劇科に入学し、夢に描いた舞台に立ち俳優を志します。
卒業後は俳優になるつもりでいましたが、1997年のIMF危機に直面し、生活のためにコンピュータープログラマーとして就職。
4~5年間はサラリーマン生活を送っていました。
しかし夢をあきらめきれず、30歳になるころに演技活動を始めます。
初めは数本の短編映画から、そして1999年映画「ペパーミントキャンディー」でデビュー。
2004年キムヘス主演映画「顔のない美女」はオーディションの機会すらなく、制作会社に出向き、「画面に肩がちょっと出るだけの役でもいいから」と直談判して、本当に肩が映るだけの手術室の医師役で出演したことも。
2004年ソンイェジン主演「私の頭の中の消しゴム」では主人公がなくした携帯の電話を受け取る通行人役として声だけの出演。
清涼な声と強い印象のおかげか刑事役が多く、ご自身も主に刑事役の練習をやっていたそうです。
これまで70本以上の映画に出演するも端役ばかり。それでも1年に10本以上の映画に出たこともありました。
2014年から俳優を少し休むことにし、そんな中「刑務所のルールブック」出演オーディションの話があり、「応答せよ」シリーズのシンウォンホ監督作品だと知って「ロトかなと思った」とその幸運を回想しています。
この作品に出て以降、初めてプロフィールが公開され、街で声をかけられるようになり、無名時代を終えたのでした。
初のマスコミインタビューには
「取り調べを受けてる気分」
と語っていました。
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刑務所のルールブック秘話
チョンミンソンさんは当初刑務官と弁護士役オーディションを受けたものの、3次まで受けてコ博士役にキャスティングされました。
1次のあと2か月間全く連絡がなく、落ちたと思って慰労のために家族とフィリピン旅行に行ったそうです。
2次が終わり、3次オーディションの時に緒にやりましょう」と言われてもまだ信じられなかったとか。
キャスティングされて間もなくシンウォンホ監督から「歌はうまいですか?」と電話があり、あまり自信がなかったチョンミンソンさんは配役を取り消されるのではないかととても不安だったそうです。
そしてすぐカラオケに行き、1か月間猛練習。
しかし予想以上に音痴だったため、コ博士がのど自慢に出るシーンはNG連発で丸1日かかり、監督に
「どうか拍を合わせてほしい」
と懇願され、みかねたカイスト役のパクホサンさんがカメラ横で拍子を合図してくれたり。
ご本人にとっても監督にとっても大きな山だったようです。
コ博士役は定規で測ったような前髪と角ばった眼鏡スタイルでした。
個性的なキャラクターたちの中で、自分の配役を生かすために気を遣った部分は「服をきちんと着ること」
ファスナーを最後まで上げ、ボタンを全部とめて、耳栓にもこだわった、とのこと。
チェックしてみてくださいね!
普通ドラマは撮影班と編集班と別れていますが、シンウォンホ監督は撮影だけでなく編集も、さらに音楽まで細部にわたって直接手を加えて作っていくのだそうです。
監督にとってとても思い入れのある作品なのですね。
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チョンミンソンの結婚
チョンミンソンさんは1975年生まれですので2019年時点で44歳。
2017年「刑務所のルールブック」のときは42歳で、それまで無名だったわけですがその時代を支えた奥さんがいます!
「会社を辞めて夢を叶えるために俳優をするのはとても大変だった。そうするうちに30代半ばに妻に出会った。俳優を応援してくれる妻が励ましてくれた」
と話しています。そして2010年と2013年に息子さんが誕生。
2019年時点で息子さんは小3と年長さんですね。
「うちの子供が小学校でパパが俳優だと話したら、刑務所~の後友達が遊びに来て”コ博士だ”と喜んでた」
と子供の友達にも人気の様子です。
最後に
「刑務所のルールブック」は人生のターニングポイントとなりました。
今後どのような俳優になりたいかという質問には
「一生懸命与えられた役に最善を尽くしたい」
と話しています。シンウォンホ監督作品に出た人はみな出世しましたから、チョンミンソンさんもこれから多忙になりそうな予感です。