イムテギョンドラマ「ミスティ」出演の理由!結婚と離婚、現在は?

てんちむプロデュースで話題!

 

イムテギョン韓国ミュージカル俳優

神の声と呼ばれるミュージカル界の貴公子、イムテギョンさんがドラマ「ミスティ」でブラウン管デビュー!

プロフィールや来歴、結婚と離婚、白血病のこと、ドラマに出演することにした理由などをまとめました。

(トップ画像https://entertain.naver.comより)

 

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イムテギョンのプロフィール

1973年7月4日生まれ
ソウル市出身

スイスのル・ロゼ高校
ウースター工科大学生産工学

イムテギョンさんのお父さんは化粧品容器の製造事業を経営しているそうです。

ピアノの先生をしていた叔母さん(母方の姉妹)に才能を見出され4歳のころから歌を始めました。

1978年5歳の時、日韓青少年音楽祭で童謡を歌いグランプリを受賞した経歴があります。

中学は音楽芸術中学へ進学して声楽を専攻。

全校生徒900人中、男子学生が25人しかいなかったためモテモテだったそうです。

しかし中学1年生で白血病になり、治療を受け回復に努めました。(後述)

ソウル市内の某高校に進学しますが、自分がやりたい科目を選択できるというスイスのル・ロゼ高校へ留学。

貴族学校と呼ばれるスイスの名門私立高校で、1年の学費が約1500万円ほどし、世界で学費が最も高い高校でも有名だそうです。

スイスの新学期スタートまで余裕がなかったため、留学の話が出て5日後に弟さんと共にスイスへ。

その高校は韓国人は他におらず、韓国を代表する気持ちで学業に専念し、卒業生2人しかもらえない賞を受賞し優秀な成績で卒業。

イムテギョンさんが在学した当時の寮は、隣にジョンレノン&オノヨーコ夫妻の息子ショーンレノンさんが住んでいたというエピソードも。

小学生時代、1か月半アメリカ研修に行ったとき、大学はアメリカで通いたいと思ったたとかで、スイスの高校で科学者を夢みて、大学はアメリカのウースター工科大学の生産工学科へ進学。

高校、大学と専攻は音楽ではありませんでしたが、選択科目に声楽を選ぶなどして常に接してきました。

修士を終え、博士課程に入りますが、やはり音楽をやりたいと思い進路変更。

2002年29歳の時、日韓ワールドカップの前夜祭の舞台で世界的ソプラノ歌手チョスミさんと共に歌い、公式デビューとなりました。

チョスミさんの伴奏をしていた方がイムテギョンさんを推薦してくれたそうです。

2004年に初のアルバムを発表。

2005年「火の剣」で主人公を務めミュージカル界にデビューしました。

ミュージカルの成功により歌手としての知名度も上がり、音楽番組や音楽祭などで活躍。

貴公子のようなルックスと優れた歌唱力で大衆から広く認められるスターとなりました。

歌手のイメージが強いミュージカル俳優は、歌唱力ばかりが注目され、演技はいまいちだという評価を受けることがあります。

イムテギョンさんも同様でしたが、2007年のミュージカル「ジーザスクライストスーパースター」のイエス役は非常に難しい役で、俳優としての実力の高さを証明しました。

2010年舞台「モーツアルト」では主演を演じ、イムテギョンは歴代最高のモーツアルトだと好評を博しました。

工学を専攻していたイムテギョンさんはモーツアルトの音楽を

「数学的に非常によく表現されている。分析するのが楽しい。式のように組まれていてここに2を足したらこんな感じかなっていう音楽がどんどん出てくる」

と面白い分析をしています。

朝の番組に出演したときのイムテギョンさんの歌声0:53より。

 

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イムテギョンは白血病だった?

イムテギョンさんは中学1年生のころ、白血病を患いました。

それまでは運動も大好きで病気も全くなかったのに、急に具合が悪くなったそうです。

ご両親は医者から「葬儀の準備をしなければならない」と言われたとか。

しかし中学生だったご本人には「悪性貧血」と伝えられ、白血病だったことは知らされませんでした。

それまで負けず嫌いで尖がっていた性格は、闘病生活を経て180度変わり、ご本人は

「神様が自分に与えた試練」

だと回想しています。

闘病は通院治療があまりにつらくて止めてしまったところ、自然に完治したとのこと。

スイスの高校へ行ったのは学びたい科目を選択できるという理由のほか、療養を兼ねる意味もありました。

その後大学と大学院はアメリカへ行き、小児白血病の子供たちを相手にボランティア活動をしていました。

そこで人は感動すると免疫システムの形成に大きな助けになることを知ったそうです。

この時に、

「多くの人に希望と感動を与える音楽家になりたい」

という思いを抱くようになります。

卒業後は日本有数の自動車会社の研究員としてスカウトされたこともあり、学者としての将来も有望だったようです。

帰国して28歳の時に兵役の身体検査を受けた時に、中学時代の病は白血病だったということを知りました。

大きな病気だったにも関わらず、これまで健康に生きることができたこと、新しい人生が開けた理由について悩んだそうです。そして

「音楽は子供のころから自分の生きる道だった。歌はいつも私のそばで最も幸せを感じられるように導いてくれた。よく考えると、完治の薬となったのがまさに音楽で、音楽が人生に対する愛着と感動を抱かせてくれた」

と、音楽は自分の使命だと思うようになりました。またあるインタビューでは

「自分が白血病だったと知って以降、福祉に関心を持つようになり、その思いから自分の才能を生かす歌手という道を選んだ」

と話しています。

アメリカで通っていた工学大学指導教授には

「韓国で5年だけ音楽をやらせてくれ。戻ってきたらまた工学の研究を続けるから」

と約束し、音楽の道へ。

その後の活躍はもう御周知のとおりで、韓国で歌手として、ミュージカル俳優として大成功をおさめました。

 

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イムテギョンの結婚・離婚・現在は?

2009年10月、6歳年下のミュージカル女優のパクソヨンさんと結婚。

イムテギョン結婚 妻パクソヨンhttp://www.newshankuk.com

二人は「ロミオとジュリエット」の主演を務め、初対面の時からお互いに惹かれるものがありそのまま恋人同士に。

関係者たちには

「どうりで舞台の上でもいい雰囲気だなと思った」

と思われていたようで、出会って3か月でゴールイン!

しかし時間が経つにつれて一緒にいないほうがいいと思ったそうで、8か月後離婚してしまいました。

「結婚前は私の人生に離婚は絶対ない、と言ってた。だけどお互いのために整理することが正しいと思った」

と離婚を決心した事情を語っています。

2012年のトーク番組で「また新しい愛をみつけたいですか」と聞かれ

「本当に心から愛せる人がいたら出会いたいけど、わざわざ見つけようとはしない」

と話していました。

その後、2013年に歌手のJouet(ジュエ)さんと熱愛報道がありましたが、強く否定しています。

離婚から現在まで公式に認めた彼女や、再婚の情報はありません。

 

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ドラマ「ミスティ」出演理由は?

イムテギョンさんは上述のようにミュージカル界の貴公子として、また歌手として名を馳せており、ご自身も

「ドラマの世界とは無縁だと思っていた」

と語っています。ついに2018年45歳「ミスティ」でドラマデビュー!

韓国ドラマミスティ

制作発表の場ではドラマ出演を決めた理由を記者に聞かれ

「ドラマオファーをいただいて、台本を読んだら続きが気になって仕方がなかった。こんなに緻密に作られた台本なら多くの人に愛される作品になるだろうと思った」

「自分が務めたハ・ミョンウという人物が非常に魅力的だった。どんな俳優も演じるのが難しいだろうと思える役で、自分に果たしてできるだろうかという不安はあった」

「ミュージカルの舞台では自分の演技をみることができない。舞台は遠くの観客にも伝えなければいけない。これまで目つきで演技したいという渇望があった。ドラマというのはこの2つを満たせるため、とても面白いと思った」

と答えていました。

 

最後に

「音楽が与える感動のおかげで、病気を克服することができたように、つらく苦しんでいる方々に私の歌で光を希望を持ってもらえることを願う」

というイムテギョンさんの夢は学校を建てること。

「金浦に土地を所有している。医療施設が整った学校を建てるのが夢」

だと語っています。白血病闘病や海外留学などで得た経験を生かした学校を作りたいんだそうです。

 

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